2008 GW おくのほそ道 DAY3
次の地に進む前に周り残したポイントへ行くために市内をうろちょろ。早朝の閑散とした商店街の街並みに徐々に人が現れ、各々自分のお店の前に立つ。そして、誰が合図するわけでもなく、6時半になるとみんな揃ってラジオ体操を始める。こんな光景はこれまでの旅行の中で幾度見てきたことでしょう。一日の始まりをご近所仲間と共有できるラジオ体操っていいですね。
まずは海岸沿いにある琴平神社参拝。ここには直江津の句会で詠んだ句碑があります。ここの句碑は歴史が古く、もともとは文化年間に建てられ、幾度かの大火で焼けてしまったが、慶応年間に再建され、それがこのされているものです。隣には安寿と厨子王の墓碑もあり。歴史が刻まれた土地のようです。
”文月や 六日も 常の夜には似ず”
「今日は七月の六日、つまり七夕の前の日です。明日は一年に一度、織姫と彦星が会える日だと思うと、心なしか六日の夜もいつもと違うように感じられる」
fumizuki ya / muika mo tsune no / yo ni wa nizu.
The seventh month---- , Even the sixth does not seem, Like a usual night
tr.by Donald Keene, "The Narrow Road to Oku", Kodansha Int., Tokyo, 1996.
琴平神社から少し住宅地へ入ると聴信寺があります。ここは、芭蕉が宿を取ろうとしたが葬儀中だったので返ってしまったということで記録が残っている寺です。きっとそのためでしょう。寺の中には芭蕉に関する碑などは見つかりませんでした。
その後は、次の目的地に向かって走り出します。写真の通り、空は曇り。天気予報によれば、雨が降るらしい。
7:00 久比岐自転車道
親鸞聖人上陸の地なども立ち寄りながら海岸沿いを南へ進むと、国道にぶつかり、久比岐自転車道入り口に出ます。自転車道は、旧国鉄北陸本線の廃線を利用しているので、列車が通っていたトンネルを利用していたりと面白いです。
8:00 糸魚川市 白山神社
えっもう糸魚川市なのって思ったら、これも平成の大合併でおっきくなった市なのでした。
能生という地区にはいると自転車道沿いに白山神社が現れます。茅葺の本殿が立派です。ここには"汐路の鐘”という由緒ある鐘があり、その鐘にちなんで芭蕉が詠んだ句が、句碑として境内に建てられています。
”曙や 霧にうづまく 鐘の声”
芭蕉は、この能生で「玉屋」という宿に一泊しています。私はこの旅では寄り道しませんでしたが現在もその宿は健在とのことです。
GPS雨対策
今日は午後から雨の予報が出ていたので、出発前に宿のおばちゃんにサランラップを一切れくださいとお願いしてGPSの雨対策としました。応急処置としてはなかなか有効です。但し、雨が激しくなると、それでも入ってくる水があるのでおすすめできません。
今、使っているFOERTREX101は防水仕様でなく。雨が降ったら水が浸み込んでしまう隙間だらけです。特に要注意なのがディスプレイ部と側面にある端子接続部。有効な対策としては、ディスプレイ部は枠の部分を透明接着剤(例えば、セメダイン)で埋め込んでしまう。端子接続部はキャップにシリコングリス等をうっすら塗ってやる。ってのも手だそうです。
このあたりでは雨がポツポツ降ったりやんだりで、ときどき大粒がやってくるので、止まってレインウェアを羽織ることに。
まだまだ自転車道は海沿いを走り、すっきりしない天気ながらもいい眺めです。
11:15 いよいよ最大の難関、親不知・子不知へ
安心安全な自転車道も終わり、親不知子不知へ。ほんとこんなところを自転車で走ろうと思ったことを批判されそうな愚行ですが、深慮が足らず自転車走行してしまいました。
昔は、断崖絶壁が迫り来る海岸沿いを歩くしかなく、波にさらわれ命を落としかねない危険な場所であることから難所とされていましたが、時代が変わっても自転車にとっては、満足に側道が整備されていない道路で、迫り来るトラックにさらわれかねない難所であることは間違いないです。
『新版 おくのほそ道』(角川書店、2006年第三版) 市振より
今日は親しらず子しらず犬もどり駒返しなど云北国一の難所を越えてつかれ侍れば
陸橋については、このせまい歩道と側道。スノーシェルターのなかの側道は狭いだけでなく、例のごとく粉塵の吹き溜まりとなり、時にはたまった水でぬかるんでいたりもする超危険な場所です。
もちろんそんな危険な場所をリスクを背負ってまで自転車走行する必要性はなく。ひたすら横をすり抜けるトラックにおびえながら歩いて通過しました。たかだか歩いても知れているこの数キロの距離ですが、いかに長くかんじたことか!
初参加の友人とのツーリングでしたが、いきなり怖い思いをさせてしまいました。しかも、彼女は高いところも苦手なので二重苦だったはず。
12:30 JR親不知駅、発見!
いくつかの陸橋やシェルターやトンネルと戦い、おくのほそ道にも登場する”駒返し”の地名のついた駒返トンネルを出るとJR親不知駅を示す標識発見!
トラックとの戦いに疲れ果てた私は、何の迷いもなく、どころか地獄の中に救いを見つけたかのようにすがりました。
買ったばかりのロード車で参加の友人。買ったばっかで、いきなりの長距離旅行、いきなりの大阪からの飛行機輪行。そして三日目にして、悪路との戦い。こんな滅入った場面でまた自転車ばらして袋入れて輪行というのも酷な話なのだが、まだまだ続く悪路を考えれば、これ以上危険な道を走るわけには行かない。
着くとこじんまりした無人駅。時刻表を見ると、電車が来るのはあと30分後。30分も待たされるのかっと思ったけど、自転車ばらして乗せることを考えるとちょうどいい時間。友人には、少しあせらせてしまったけれど、なんとかっていうか少し強引に乗車。
13:17 JR市振駅 到着
ほんの一駅、時間にして10分くらい、距離にして10kmにも満たない輪行。しかし、大きな価値のある輪行でした。
名所、市振に到着です。駅で、同じく輪行しているオーストラリア人とであいました。かれもこの付近のあまりの危険さに輪行を考えたようです。DAHONのホールディングバイクをお伴に旅をされているようです。
市振は、おくのほそ道でも一段設けられており楽しみにしていた地です。思いとは裏腹にこじんまりした町で、昼食を予定していた道の駅もあまり冴えない印象。徐々に雨が本降りとなり、これといったおいしそうなものも見つけられず、激しく雨が降る中、金沢から来たと云うバイク乗りのおじさんと話をしながらおにぎりをほうばる。
『新版 おくのほそ道』(角川書店、2006年第三版) 一振より
今日は親しらず子しらず犬もどり駒返しなど云北国一の難所を越てつかれ侍れば、枕引よせて寝たるに、一間隔て面の方に若き女の声二人計ときこゆ。年老たるおのこの声も交て物語するをきけば、越後の国新潟と云所の遊女成し。伊勢参宮するとて、此関までおのこの送りて、あすは古郷にかへす文したゝめてはかなき言伝などしやる也。白浪のよする汀に身をはふらかし、あまのこの世をあさましう下りて、定めなき契、日〃の業因いかにつたなしと、物云をきくきく寝入て、あした旅立に、我々にむかひて、行衛しらぬ旅路のうさ、あまり覚束なう悲しく侍れば、見えがくれにも御跡をしたひ侍ん。衣の上の御情に大慈のめぐみをたれて結縁せさせ給へと泪を落す。不便の事には侍れども、我々は所〃にてとゞまる方おほし。只人の行にまかせて行べし。神明の加護かならず恙なかるべしと云捨て出つゝ、哀さしばらくやまざりけらし。
一家に遊女もねたり萩と月
曾良にかたれば、書とゞめ侍る。
市振駅から北に向かうと古い町並みが現れ、100mほど先の小学校の片隅に市振関所跡があります。(糸魚川市の観光案内ページでは触れられておらず、あまり興味がないようです)
【案内板より】
江戸時代初期徳川幕府は、重要な政策の一環として全国に五十三の関所を設け、街道行旅の人々を取り締まった。「市振の関」はその五十三関中重要二十三関のひとつであた。 親不知子不知の険難の地を東方に控え、北陸道における越中との国境の要衝として寛永(1628年~)年代のはじめ幕府は高田城主松平光長に命じて、ここに関所を設けた。
芭蕉、市振の宿 桔梗屋跡
市振の関から更に先に進むと、芭蕉が宿を取った桔梗屋跡があります。ここで、”一家に 遊女も寝たり 萩と月”という句を詠んでいます。桔梗屋跡には案内板だけですが、更に先にある長円寺に句碑が残っています。
”一家に 遊女もねたり 萩と月”
「俗世を離れて旅に生きる私にとって、遠く反対の世界の存在である遊女たちが、今晩は同じ宿に泊まっているようだ。外では月夜に萩の花が咲いている。」
hitotuya ni / yuujo mo netari / hagi to tuki
Under one proof, play girls also asleep----, bush clover and moon
season:autum (bush clover; moon)
note: Bush clover is a feminine plant. The parallelism of men and women under the same roof and the cosmic romance of Altair and Vega implies the love of universe.
tr.and noted by Haider A. Khan, Tadashi Kondo.
長円寺:http://www.asahi-net.or.jp/~gi4k-iws/sub85147tyouenzi.html
15:00 富山県朝日町
市振は新潟最西端の土地です。つまり、市振を過ぎるとすぐ富山県に入ります。接しているのは富山県朝日町。私にとっては、バタバタ茶の産地として有名です。なのに、このときはそのことをす~っかり忘れてしまい。ただ通り過ぎてしまったのでした。
このあたりからおくのほそ道はうれしいことに国道8号線を離れ、北陸道下街道行きます。旧街道なので車も少なくすごく走りやすかった。
なのですが、ついに雨が激しく降り出し、先を急ぐ余り、友人をほったらかしてしまいました。気づいたのは、友人から電話をもらった30分後。うわぁ、こんか本降りの中、しかも道もくねくね曲がりながら来たし、なんとも説明しにくい。どこかで落ち合うにも友人は地図を持っていないし目印になるところわからない。とりあえず国道8号線にででから考えようということで、お互い8号線を目指す。なんと8号線にでたとたん奇跡的に友人に出会いました。よかったぁ。
越中下街道 http://www.goodlucktoyama.jp/yuuran/0606_GL_KaidoTokusyu.pdf
17:30 JR魚津駅到着
冗談じゃなく雨がひどくなり、今日の目標地点であった高岡はあきらめ、魚津までがんばっていくことに。途中、雨対策として、足にはレジ袋を履き少しはましだったものの。すっかり体が冷えてどうしようもない。
魚津駅に つくと近くに見えるAPAホテルに電話を入れとめてもらうことに。下の写真はとりあえず部屋に入って、ほっとしたところ。前々日の弥彦で買っていたカレー豆をあけて食べたところあまりのおいしさに、止まらなくなったところ。カレーが名物でも、豆が名物でもない弥彦でなぜ、カレー豆という疑問はさておいて、機会があればまず食べてみてください。想像以上においしいです。
そして、今日はお疲れさんと云うことで。駅付近のおいしそうな居酒屋さんへ。ここもかなりのあたりです。
【参考ページ】
直江津 芭蕉紹介ページ http://basho.kicity.com/naoetsu/naoetsu.htm
英訳 http://www.e.u-tokyo.ac.jp/cirje/research/papers/khan/poems/okunohosomichi.pdf
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